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SI 第三章 消えた未来 5
 






































































































 警察に連れて行かれた卯木は、あっさり自分の容疑を認めた。刑事が問うまでもなく、自らの犯行をつぶさに話したらしいが、それは罪の意識からではないはずだ。おそらく、彼にとっては至極真っ当な行為だと説明しただけにすぎないのだろう。
 どうしたところで、リゼイトである彼の行き先は既に決まっている。人間であればもしかすると、責任能力が無いと判断され病院送りにされるだけで済んでいたかもしれない。
 ――現実の欠損?
 違う。イルカが人間の言葉を話せないのは、欠損だとは言わない。
 誰と比べて欠損しているというんだ? 人間と比べて? では人間は完体なのか? 誰がそう言った? そう思い込んでいるだけじゃないか?
 どんなに考えても、リゼイトの僕には、わからない。
 きっと人間なら、簡単に答えられるのだろう。

 僕は再び『喫茶 マワルソラ』へと赴いた。メイド服のサトミさんが見たいからではなく、僕を一ヶ月間、警察へ引き渡さないよう影で尽力してくれていたSIへお礼を言いに来たのだ。
 事件はもう、解決したんだ。
 店内にはサトミさんの姿はなかった。ネームプレートに『マキ』と書かれた女性が、僕を見て口元を緩めた。
 前に来たときは気づかなかったがよく見てみると、生地から厳選し丁寧に作り上げたメイド服は、もしかしたら彼女のためなんじゃないかと思えるほどに、その容姿にしっくり馴染んでいる。おそらく、洗練された彼女の動作一つ一つに、優雅さや上品さを感じられるからだろう。ショートボブの髪が彼女の清潔感を引き立てている。
 彼女の自然な笑みに、僅かに硬くなっていた体がほぐされる。
 本当にこの子が真田マコトを指導しているんだろうか? 拷問や死刑のほうが楽だって思えるとサトミさんは言っていたけど、恐怖の指導を行えるようには見えない。
 マキさんに奥へどうぞと促され、僕は想像を打ち切り彼女の後に続いた。
 招かれたのは前と同じ、何の特徴もない白黒の部屋だ。この一ヶ月で変ったところはないか、間違い探しを試みたが、前回訪れた部屋の状態がどんな風であったか具体的に思い出せない。何の特徴もないから、部屋を出た途端に、まるで指を開いた状態で掬った水のように、記憶から流れ落ちてしまったのかもしれない。
 オーナーは前と同様に黒いスーツを着て、黒いソファーへと深く座っていた。
 やはりオブジェクトのようだな、と僕は思った。
 僕が正面のソファーへ腰を下ろすと、オーナーが口を開いた。
「おめでとう。いや、お疲れ様かな?」
「僕の身を警察から守っていただいて、本当にありがとうございました」
 オーナーへ深々と頭を下げる。
「こちらこそ、うちのSIが余計なことをしたせいで、アキラ君に迷惑をかけてしまったね。それについては私のミスだ。申し訳ない」
 彼の言葉には、僕がとんでもない怪我をしてしまって、それを謝罪しているというような、少々オーバーな響きがあった。
「タバコ、吸ってもいいかな?」
「もちろんです」
 僕が頷くと、彼はケースからタバコを取り出し、火を付けた。
「これで君は晴れて自由というわけだ。どうだい、気分は?」
「……まだ、わかりません」
 僕は俯いて眉をひそめる。今のところ、生活には何の変化もない。サトミさんが僕の部屋に来なくなったことくらいだ。
「まだ実感がもてないというところか」彼はタバコをふかし、煙を吐き出した。「これからどうするつもりなのか、決めているかい?」
 特に何も決めてない、という言葉を飲み込む。
「あの……SIのメンバーになるためには、どうすればいいんですか?」
 ふっと、オーナーが吸い込んだ煙を吐き出した。僕の言葉に思わず吹き出したというふうだった。
「君は、SIになりたいのかい?」
「なりたい、と明確に思っているわけではありません。ただ、ここで働けるなら……」
「転職を繰り返す必要がないと?」
 口ごもった僕の言葉を、オーナーが引き継いだ。職場移動を繰り返すのが面倒だから、という本音を探り当てられ、僕の顔がカァっと熱くなる。
「特別な試験も何もないし、アキラ君ならおそらく、SIで十分に働けるだろう。しかし、君はここで働かない方がいい」
「それは、どうしてですか?」
 働けるのに、やめておいた方が良いというのは、どういうことか。若干前のめりになった僕に、オーナーが苦笑いを浮べた。
「私達の仕事は、人間とリゼイトの間に生じる軋轢を緩和するのが目的だ。リゼイトを救うためだけの仕事ではないし、リゼイトの立場を良くするものでもない。時には同じリゼイトを糾弾しなければいけないし、罪を犯したリゼイトを人間へ差し出さなければいけない。人間はリゼイトを良く思ってはいないから、多くの場合、人間に差し出されたリゼイトは死刑を言い渡される。つまり、我々は同じリゼイトを間接的に殺さなければいけない。君は卯木が警察に護送されて、何も思わなかったかい?」
 何も、思わないわけはない。確かに卯木はミナを殺したけれど、だからって彼が殺される理由にはならない。
 僕は首を振った。
「SIを人間の手先だと思うリゼイトも、中にはいるだろう。まあ、それに対しての釈明はよそう。惨めなだけだからね。私は君を気に入っている。素直なところなど、特に。だから、君をSIのメンバーに迎え入れることはできない」
 たとえ僕が本心からSIに入りたいと言っても、彼は拒否するだろう。ヤクザがヤクザにだけはなるなと口にするのと、同じ。彼の言葉は、SIの表面しか見えていない僕を慮ってのものだ。
 彼が灰皿へとたばこを押しつけるのと同時に、僕はソファーから立ち上がる。もう彼と話したいことは何もなかった。
 ドアノブを掴んだ時、ふとサトミさんを思い出した。
「そういえば、サトミさんはいますか? いろいろとお礼を言いたかったのですが」
「彼女は今、別の仕事の最中だ」
「そう、ですか。……失礼します」
 サトミさんがいないという事実は、僕を大きく落胆させた。彼女にこそ、僕はありがとうと伝えたかった。
 サトミさんの、人助け的監視はもう終わったんだ。おそらく、再び事件に巻込まれない限り僕は彼女にリゼイトとして会うことはできないだろう。『喫茶 マワルソラ』を利用すればいつだって会えるかもしれないが、リゼイト的な会話はできない。人間も利用している店の中で、リゼイトやSIという単語を出しては、営業妨害もいいところだ。
 僕は小さなため息をついて、オーナーの部屋を後にした。



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