| 前へ | 一覧に戻る | TOPへ戻る |
SI エピローグ |
||||||
● ● ● ● ● ● ● ● ● |
僕が眠る布団の上に、ミナ乗っている。僕は一瞬で、これが夢なんだと悟った。ミナはもうこの世にいない。僕の部屋には現われない。 けれど、まあ、夢の中で会うのもそう悪いことじゃない。僕は薄っら目を開いて、突然現われた彼女を見つめる。 彼女は生前と同じように白いワンピースを着て、僕の胴体にまたがっている。彼女が僕を起こそうと体を右手で揺する度に、ワンピースの裾から透き通るような太ももがちらちらと覗く。僕の位置からではその奥が見えてしまいそうだ。 視線を上げると、左腕の通っていないワンピースの袖口が、彼女の動きに合わせて前に後ろに踊っている。窓から入り込む光りが彼女を淡く輝かせて、まるで天使みたいだななんて柄にもなく思ってしまった。 彼女の薄く形の良い唇がなにかの言葉を形作るが、僕の耳にはまだ届かない。 どうして、ミナは死んでしまったんだ。どうして、彼女は死ななければならなかったんだ。ミナが死んだあの瞬間に凍り付いていた喪失感が、突然胸の中で溶け出した。 泣き出したかったけど、僕の目から涙は出てこない。 「……ちゃん。おにい、ちゃん?」 ミナの声がようやっと耳へ届いた。間違いなく、彼女の声だった。 「どうして、ミナは死んだの?」 僕の震える声を聞いて、ミナが怒ったように激しく体を揺さぶりだした。 「お兄ちゃん、もう、寝ぼけてないで、起きて!」 「寝ぼけてる?」 これが夢じゃないのだとするなら、今僕の目の前にいるミナは、何だというのだ? …………幽霊? 「お休みなさい」 布団をたくし上げて耳を塞ぐ。いつだって僕は、幽霊と関わり合いにはなりたくはない。 「違う、違うよ!」 ポフポフと毛布越しに僕の頭を的確に殴りつけてくる。ある程度力加減をしてくれているんだろうけど、心地良い振動では決して無い。 「ミナ、それくらいにしないと、アキラ君困ってるでしょ」 突然聞こえたサトミさんの声に、僕の意識は覚醒した。 勢いよく上半身を起こし声の聞こえた方を見ると、背筋を伸ばして正座しているサトミさんの姿を発見した。ちゃぶ台の上には、湯気の上がるカップが置かれている。 「えっと……」 まず何を聞くべきか。コレは夢なのか現実なのか。じゃあ、ミナっぽいコレは誰? 「何を聞きたいのか、分かるけど、まずミナを助けてあげて」 サトミさんの指さす先を見ると、僕にまたがっていたミナらしき人物が仰向けに倒れて呻いていた。 ミナ、なのかなぁ? じっくり観察していると、彼女がふと我に返った風に「ハッ!」と息を吐き、完全にめくれ上がっていたワンピースの裾を、慌てて抑える。 「……見た?」 首を持ち上げ、ジトリとした視線が僕に突き刺さる。 「み、見てないよ」 声が思いっきり裏返った。 僕の表情を見て、彼女の頬が赤く染まる。 「夢じゃないよ、アキラ君。夢かと思うのもしかたないけど」 サトミさん半ば呆れたような声を聞き、僕の脳が回転を始めた。確かに、サトミさんが言うとおり僕の目の前にいる少女は、夢や幽霊のように曖昧じゃない。揺すられていたときも、頭を叩かれていたときも、彼女からもたらされる質量や痛みを、僕は感じていた。 「じゃあ、どうして」 擦れきった声が出た。喉が古い皮のようにゴワゴワしていて、唾を上手く飲み込めない。 「最初から死んでいなかったのよ、ミナは。ミナがいなくなって、アキラ君が彼女を見つけたでしょ? その時の彼女は本物で、あたしがアキラ君と合流してからのミナが、偽物。ミナはあたし達の視覚を操って、幻を見せていたの。あたし達は見事に騙されたってわけ」 サトミさんが面白くなさそうに鼻を鳴らして肩を竦めた。 たしかに、あれが幻だったなら、ミナが細い右手で自壊したことに説明がつく。いくら卯木が操作しているとはいっても、出来ないことは出来ないんだ。 「た、助けてよぅ!」 弁解の言葉をミナに遮られた。二つに纏めた髪がベッドのどこかに引っかかっているため、自分では起き上がれないようだ。 僕は彼女の頭を抱えて、髪の毛のひっかかりを取ってあげた。彼女を抱きしめるように体を持ち上げる。 「ねえお兄ちゃん」 「うん?」 ミナは腕の中で意味ありげに上目遣いとなる。もっと早く起こしてよ、と文句を言いたいのか、あられもない姿でじたばたしていたことを忘れて欲しいのか。 思いを巡らせていると、ミナはゆっくり目を瞑り、顎を軽く上げた。頬は上気し、体温もなにやら上昇を始めている。心臓が鼓動を早め、理性が揺れ動く。 目の前で目を瞑るミナの姿に、僕の理性はもはや意味を持たなかった。 むぎゅっ――と、形の綺麗なミナの鼻を摘む。「ふぐっ!」と彼女は息を詰まらせ目をいっぱいに開く。 「はひするのほー!」 彼女は驚きの声を上げるが、鼻を摘まれているため正しく発音できない。 「いやだって、ほら」摘みたくなるじゃないか……。 「ばかばかばか! ほういふひにじゃないほふ!」 鼻を摘み続ける僕の胸を、ミナは顔を真っ赤にしてぽかぽかと叩く。 「ゴホン! 話を進めていいかしら?」 わざとらしい咳をして、爽やかな声を発したサトミさんから、その声とは全く逆の毒々しい視線を感じる。 彼女は何に怒っているんだろう? 「ミナが生きているってあたしが知ったのは、卯木のいるビルへ向かうタクシーの中。あれ、マキからの電話だったんだけど、彼女『遺体は元通り再生された』ってため息混じりに言ってた」 騙されたと知ったから、電話が終わった後、サトミさんは怒ったような表情になっていたのか。 「でも、それじゃ、どうして僕にそのことを教えてくれなかったんですか?」 「アキラ君に教えたら、それこそ卯木なんてそっちのけでミナの無事を確認しに行ってたでしょうね」 「もし、その時卯木を捕まえられなかったら、卯木を見失ってしまったら、お兄ちゃんは今頃どうなっていたかな?」 両方から同時に責められ、僕は萎縮してしまった。たしかに、彼女達の言葉が正しいだけに、何も言い返せない。 「マキの電話に割り込んで、私が生きている事実を伏せて欲しいって、サトミにお願いしたの。それより卯木の確保を優先して欲しかったから」 「ちょっと待って」僕は軽く頭を振った。「だからって、僕らにあんな無残な死を見せなくても良かったんじゃない?」 僕の言葉に、ミナはやんわり首を振った。 「卯木のあの能力、ちょっと厄介だったのよ」 厄介? ミナの能力は僕の能力で解除できたけど、卯木のものは違った。それを言っているのだろうか。確かに、厄介だと言われればそうかもしれない。 「私も、完全に彼の能力を回避できたわけじゃないの。彼の自壊命令を、あたしの幻覚で行った。実際にそれが起きたと見せかけたの。そうしなきゃ、彼の命令を回避できなかったから。そこからは思いつきだったんだけどね」 そう言ってミナは舌を出した。 「……あ」と僕は呆けた声を出した。 そうか。卯木に死ねと言われたミナが、どうして僕に会ってサトミさんと合流するまで死ななかったのか。能力を完全に回避したわけじゃなく、操作して延期させていたんだ。 「じゃあ、本当に」 生きていたんだ。……よかった。僕は幻でないことを確認するように、そっと目の前の彼女の頭を撫でた。指で髪を梳(す)くと、ミナはくすぐったそうに笑った。 これは、幻なんかじゃない。柔らかい温もりを感じる。甘い匂いを感じる。消えようのない質量を、感じる。 「でも、無茶はいけない」 「もう、それは何度もサトミとマキに叱られた」 ミナが僕の腕の中で面白くなさそうな声を出した。 「返事は?」 「…………」ぷぅと声を出しそうな程、ミナは頬を膨らませた。 「ミナ?」 「……なさい」 僕のプレッシャーに屈したミナは、恥ずかしそうに顔を背けた。 ひとしきり、自分勝手に安心したところで、彼女の頭を撫でていた手を放す。彼女は残念そうに僕の手を見つめた。まるで、大事な玩具を取り上げられた子どものような目つきをしている。 「ところで」僕はサトミさんへと振り返る。「それは?」 ちゃぶ台の上で湯気を立てているカップを、サトミさんが息を吹きかけながらすする。 「お茶。飲む?」 「いらないです」 この人は、僕の部屋に勝手に上がり込んで、勝手にお茶を入れたのか。彼女が部屋を片付けるようになってから、僕よりどこに何があるのかを把握している。自分でお茶を入れるくらい、雑作もないのだろう。だけど。だけどさぁ! ひくつくこめかみを押さえている僕に、サトミさんがわざとらしく口を斜めにする。 「ま、そういうことだから。よろしくね、アキラ君」 「よろしくね、お兄ちゃん」ミナが口を合わせる。 僕は深いため息をつく。事件が終わったというのに。この人達は僕の部屋を何だと思っているんだろう。まさか、このままここに居着くつもりだろうか? ……でもまぁ、それもそう悪くはない。 ベッドから起き上がり、カーテンを開く。 「まったく、何がよろしくなんですか?」 僕は笑った。
|
● ● ● ● ● ● ● ● ● |